2012年07月29日

わしらはわりとレイチェル・カーソンの示した道を歩いとる。

 レイチェル・カーソンをちゃんと読もうでの続き。予告通り、『沈黙の春』の最後の章「べつの道」を読んでいくことにするが。その章では化学農薬大量使用に頼らない、新しい「生物学的」(新潮文庫版p323)防除方法を探っとる。それらが今現在の日本でどうなっとるか、順番に見ていくよ。

 まずは「雄不妊化」による害虫の根絶(p324)。雄だけの不妊化とは違うけど、沖縄で行われたウリミバエの根絶計画を知っとる人も多いんと違うやろか(参照)。これは放射線を照射して生殖能力を喪失した個体を大量かつ継続的に放って、普通に生殖能力を持っとる虫どうしの交尾を減らして、しまいにおらんようにしてしまおうという荒業やが。最近は不妊化の方法として、遺伝子組換えを利用して、マラリアやテング熱を媒介するネッタイシマカを根絶しようとしとる。微妙に不妊化とは違うけどつい最近、ブラジルでの同様の事例が紹介されて話題になっとったな(参照)。放射線にしろ遺伝子組換えにしろなんとなくコワイコワイと思う人が多いきん、今後この方法を利用するにはその辺のリスクコミュニケーションが重要になってくるんやろなあ。その点、レイチェル・カーソンの時代は、放射線より化学物質がコワイものやったんやろう。

 p331に少しだけ触れられている「幼虫ホルモン」。これは百姓にとって今はIGR剤という農薬としてポピュラーなものやが。これは、イモムシやケムシのたぐい、要するに蝶や蛾の幼虫の成長の具合をごじゃにして、しまいに殺してしまうものやが。人間で言うと、身体の中身は大きくなるのに皮膚が大きくならんで…みたいな感じかな。ブロッコリーにはアオムシやヨトウムシやコナガがようけつくきんな、これはわしもよう使う。ターゲットにするそれらのイモムシ以外への悪影響が少ないのがうれしいところやが。うちで使いよる一例。

 p332からは「芳香、あるいは誘引剤」について述べられとる。これも農業現場ではすでに一般的に利用されとるんや。雌のフェロモンで雄をおびき寄せて殺してしまうトラップとか、雄雌の交信を撹乱して交尾できんようにしてしまうぶんとかな。うちで使いよるフェロモントラップはこんなんやが(参照)。ただ、本格的に害虫を減らそうと思ったらようけトラップが要るきん、使用例の多くは害虫の発生状況を把握するのに留まっとる。うちも今の2つよりたくさん設置したいけどコストがなー。

 その次、p334からは音で害虫をやっつけられんかについての研究を紹介しとる。ホームセンターに行くと超音波で蚊とかゴキブリとか、虫とはちゃうけどモグラとかを寄せんっていう触れ込みの商品があるけど、効果のほどはどうなんかなあ。調べてみたらこんな論文はあった。結構最近やきん、まだまだ研究途上なんかもなあ。

 次は微生物殺虫剤の話やが(p336~)。本にはBT剤のことが載っとる。これも今ではポピュラーな農薬。バチルス・チューリンゲンシス菌(バチルス属やきん納豆菌の仲間やな)の生成するタンパク質がイモムシケムシのお腹を壊して殺すよ。うちではこれとかこれをよく使う。イモムシケムシの種類によって効く菌の株が微妙に違うきん、違う株から取れるタンパク毒素の剤を用意しとかないかん。ええところはなんといっても有用昆虫や温血動物含めて、イモムシケムシ以外には毒性が非常に低いところやな。そやきん、有機JAS規格でも使える農薬になっとるな。そして、農薬と名前がついているだけでこれも忌避する人もおる。BTと言えばBTコーンを思い出す人もおるんと違うやろか。遺伝子組換え技術でこの毒素を生産できるようにしたトウモロコシやが。難防除害虫のアワノメイガも、孵化後ちょっと葉を食っただけでコロリやきん農家には助かる。レイチェル・カーソンが生きとったらこれにどういう評価を下すやろうか。考えてみると面白いな。

 今ではBT剤の他にもたくさんの微生物農薬が出とる。BT剤みたいに菌の産出する毒素を利用したもの(これとか)の他、昆虫に寄生するカビなどの菌そのものを農薬に製剤してしもうたもんもたくさんある。これとか使い方がおもっしょい。菌だけでなくウィルスを使ったものも。農薬の世界は化学兵器から生物兵器への流れやなあ。化学農薬よりも菌とかウィルスとかのほうが寄生という性質の関係でターゲットだけに効きやすいのは、人にも他の有用昆虫にもええよな。うちのブロッコリーにおける微生物農薬の使用例。

 そして最後、p341から大きく採り上げられているのは、これは広い意味では微生物もそうなんやろうけど、害虫を捕食したりする天敵を導入することやが。ひとくちに天敵の利用と言っても、この本にも採り上げられている、柑橘類に害を及ぼすイセリヤカイガラムシに対してペダリアテントウムシを海外から導入して駆逐したような大規模な事例から、ダニやアブラムシといった微小害虫を捕食する他のダニや虫を栽培施設( ビニールハウスなど)の中に放飼するもの(こんなんとか)、あるいはうちのオクラでやっりょるみたいに天敵を集めるための環境を整えて土着の天敵においでいただくものまでいろいろやが。

 これは生態系にかかわる問題を含むきんな、結構難しい問題を含むんよな。後二者みたいに閉鎖系に近い環境に天敵を放ったり、元からそこにおる天敵を利用するのは比較的問題が少ないんやろうけど(施設で使う天敵は厳格な要件の元、農薬登録されとる)、大々的に例えば海外から天敵を導入するのは生態系を壊してしまうおそれを伴うよね。73年に書かれたこの本の文庫版解説でも筑波常治さんはその辺りの懸念を表明されとる。これは虫ではないけれども、ハブ退治を期待して導入されたマングースが家畜やハブ以外の生き物をがいに襲ってしもうた例が日本では有名やなあ。

 なんだかアメリカってやることがいちいち大規模なんよな。化学農薬の一斉航空散布にしても天敵導入にしても。安易な文明論に堕ちるきんこれ以上書くのはやめとくけどな。

 こんな感じやが。もちろん今でも化学農薬もたくさんあるんやけど、前の記事で見たように『沈黙の春』当時の農薬はほとんどなくて、安全性や選択性(ターゲットだけ殺す性質)の高い物が断然多くなった。そんなわけで、『沈黙の春』をバイブル化して今でも農薬の危険ガーと言うのには違和感があるよ。レイチェル・カーソンのおかげさまもあって農薬は昔に比べて安全で環境にやさしくなったのにな(ネオニコチノイドガーという人がおるやろうけど、長くなるので置いておく。また機会があれば)。一方でアメリカの科学誌がよく書くように『沈黙の春』を叙情的と切り捨てるのにもモニョる。わしら最近の百姓はそんな両極端な言説とは関係なく、レイチェル・カーソンの示した道をわりとせっせと歩かせてもらいよるんやが。



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