まんのうをたがやす百姓のBlog

　春先に農薬の話を集中的にしようとしてて(参照)、いや、草コミュニケーションやがーとか寄り道してるうちに忘れとったんやけど、ひとつの叩き台としてレイチェル・カーソンの『沈黙の春』を使おうと思っとったんやが。思い出したのは、今でもこの本を巡る論争があるんやけど、その一端を目にして、みんなこれちゃんと読んでるのかなあ、読まないで空中戦してない？と感じたのが原因やが。



　これ、アメリカで最初に出版されて今年で50年経った今でも環境問題のバイブルみたいな扱いで、大学生が読むべき100冊なんかにたいてい入っとるんやけど、環境問題に関心の高い人たち、もう一度書くけどちゃんと読んどる？わしは読んだよ。百姓を本格的にはじめて2～3年経った頃やったかな。風呂で一ヶ月くらいかけて読んだ。ちゃんと読んだ人は分かると思うけど、いろんな化学薬品の名前と共に繰り返し同じような環境破壊の話が出てきて結構苦痛なんよね。でもまあ当時の環境や人体に対する被害がひどかったのはように分かる。

　そんで読んだ感想やけど、ああ、今の時代の日本の百姓やってよかったなあというのが第一やが。なんとて当時のアメリカと今の日本では全然状況が違う。当時アメリカでは化学薬品による有害生物絶滅計画というのが行われとって、とにかく飛行機なんかで化学農薬をぶわーって撒っきょったんな。イメージ的には、ベトコンが隠れとるベトナムのジャングルに飛行機で枯葉剤を撒くあれかいな。今やから言えることやけど、そらいかんで。日本でも稲や大豆を精出して作っとるところでは農薬の航空散布をやるけど、ラジコンヘリでなるべくいらんとこに飛ばんようにやるきんな。それでもしっかり注意していないとミツバチなど有用昆虫に被害が及ぶことがある。

　そうやし、農薬の安全性も当時と比べて飛躍的に上がった。『沈黙の春』に載っとる農薬で今でも普通に使われよるん言うたらマラソンくらいと違うやろうか。黒大豆にコガネムシがようけわいたときがあって、これしか登録農薬がないきんしゃあなしにいっぺん使うたことがあるなあ。普段はこんなオールドスクール農薬あんまり使わんのやけど。刺激臭がきつかったなあ。

　農薬の安全性が高まったのは『沈黙の春』のおかげやなあ。でも、それが悲劇も生み出した…というところで論争になっとる。DDTが禁止されたことによって途上国でマラリアによる死者が再び激増してしもうた！いや、途上国ではDDTは禁止されてないし(先進国では禁止された国が多い)、蚊に抵抗性がついただけやし、といった感じやが。数十年前の病気による死者数とかあてにならんのよな。調査方法も確立されとらんし。

　でもひとつ言えるのはレイチェル・カーソンは確かにDDTの環境や人体への悪影響をクドクドと書いとるけど、決して禁止しろとは書いとらんのよな。大規模に、無差別に、ドカーンと散布するのはやめまいと書いてるだけで。限定的な使用を容認しているように読める箇所は多い(例えば新潮文庫版p302など)。

　DDTを少なくとも先進国に全面禁止させたのは誰かと言えば、この本が生んだ環境運動の熱狂なんやろな。運動というのは話を単純化する。そのほうが動員しやすいきんや。頭数が動員ができんと運動は運動として弱いきんな。

＼DDTはもうちょっと人や環境に配慮して使え～！／

より

＼人殺しのDDTを全面禁止しろ～！禁止しろ～！／

　のほうが盛り上がるやん。

　そういった運動を特段否定するわけではないよ。おかげで現代の百姓は当時より安全性の高い農薬を使えとる。分かりやすい正義が入り口としてあってもいいと思う。でもそれは入り口に過ぎないわけで、そこから一人ひとりが本来の複雑な事情に向きあって考えることで世の中が良くなっていくんやと思う。そうじゃなくて分かりやすい正義がそのまま暴走するのをわしは恐れる。

　『沈黙の春』の話、次も続けるよ。なぜかこの本を語る人が無視する最終章「べつの道」の現代の農業における実際例を紹介したいと思うんやが。